k君とSさんの深い眼差し 

「きったよぉ」K君がいつものように元気にやってくる。その日は手に大きな袋を持って「みんなで食べてくださーい」と言う。そっと中を覗くと、かわいらしいパンが箱の中に並んでいた。どうやらK君の通う作業所で作っているパンのようだ。おけいこの終わりに、K君からの差し入れのことを話し、子ども達と食べる。まぁ、なんとおいしいこと。あんこ入りのひと口サイズのパンが、ほどよい甘さで口の中に広がっていく。

「おいしい」「K君ありがとう」
パクパク、子ども達が感嘆の声を上げる。K君はニコニコニコニコ。
「あのさぁ、このこと○○ちゃんには内緒だよ」他の教室にきょうだいがいる子にこっそり口止めする。
「うんうん、だけどなんだかしゃべっちゃいそう。どうしょう」もぐもぐ食べながら口をふさぐAちゃんの姿がほほえましい。
「先生、まだ残ってんじゃん、ほら、半分ずつにすればみんなで分けられるよ」食べ終わったB子ちゃんが箱を覗いて素早く計算している。
「そ、そうだね」※実はあとでアシスタントの先生とお茶を飲みながらこっそり食べようとよこしまなことを考えていた(笑い)私。
なるほど、なるほど、それでもう一度半分ずつ分配。あっというまにパンはなくなった。写真より食い気。写真を撮っておかなかったのが残念!!
★愛読書・「キミちゃんとかっぱのはなし」を見るK君
神沢利子作(ポプラ社刊)

                  K君は特別支援高等学校を卒業し、現在社会人二年生。読み書きは出来ないが言葉が豊富で音感抜群、面白いことを言っては笑わせ、子ども達の心をほぐしていく。教室歴15年のK君は我が教室になくてはならない存在だ。「外ずらがよくて」と、母親のSさんが笑う。
ある日Sさんがおっしゃったことがある。「Kは指示されることに慣れていて、言われた通りにがんばることが多く、なかなか自分の気持ちや要求を伝えられなくて、自分の本当の思いを少しでも人に伝えることが出来たら、これから生きていくのにどんなに生きやすくなるでしょうか」一緒にいる時は何時も楽しいK君だが、生活や成長の過程で変化が起きた途上、家で爆発した状態をSさんから何度か伺ったことがある。今の状態を受け入れたくないというK君の戸惑いとノンという表現に違いない。穏やかで生真面目で聞き分けのいいK君に寄りかかり、無意識のうちに自分のイメージを押し付けてはいなかっただろうか?K君だけでなく聞き分けのいい子に対する見逃してしまいがちな落とし穴。一人一人の本来持っている大きな力、本当の気持ち。
Sさんの深い眼差しと言葉、K君に対する深い愛情にハッとさせられ、改めてK君はじめ、子ども達の持っている本来の力に目を向け、再度考えてみたいと目が開かれていく思いがした。