久しぶりで、磁石の魚釣り工作をしてみた。
大きな箱に海の色を塗ってね。
「わかった、この中に魚を描くんでしょう」
「おっ、すごいね!あたりぃ」
そんな会話から始まった。
さぁ、さぁ、魚たちの出来上がり。
中には空き缶やごみが入ってたり。
「うんちを描いてもいい?」とA君が聞く。
子ども達はうんちやおしっこと言うのが大好きだ。
他では中々思う存分言わせてもらえない。
「だって怒られもん」
私の教室ではOK、OK。
言えないことをいうことで、心が気持ちが解放していく。
解放されることは、次の作品つくりに楽しくつながっていく。
ねぇ、僕。私のも混ぜて釣り競争しようよ。
コミニュケーションも自然に出来上がっていく。
この頃、よく思う。
今のデジタルや利便性の世界の中で、こんな素朴な遊びを、子ども達は無意識のうちに求めてることを。
いまだに過日遊んだシャボン玉遊びをやろうと、せがんでくる。
素朴の遊びの中には、今失われつつあるなにか大切なことが潜んでいる。